サザエさんの本性
FirstUPDATE2011.2.27
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 今でも憶えているのですが、1992年の年末の話です。本当に暇つぶしで、美原(今の堺市美原区)にあった、駐車場があるのだけが取り柄みたいな、そんなに規模の大きくない本屋で立ち読みをしていました。
 そこに、極めて地味な装丁ながら、異様に目を惹くタイトルの本があった。それが「磯野家の謎」との出会いだったんです。

 「磯野家の謎」は謎本ブームの火付け役と言われ、この本に触発されて出版された同種の書籍のフォーマットをほぼ満たしていました。
 図版を一切使用しない、すべてが<Q&A>で構成されている、などの<作り>もそうですが、とにかく露悪的で興味本位な姿勢や「いくら何でも深読みが過ぎる」といった根幹に至るまで、のちにあまた出た謎本は「磯野家の謎」を完全に踏襲していたんです。
 個人的感想を言えば、面白いかつまらないかで言えば、まァ面白いけど、全部が全部をさも真実のように吹聴するのはちょっと、みたいな。
 とにかくこの本は売れたらしい。謎本がブームになったのは間違いなくこの本の影響だし、それに留まらず中堅出版社だった版元の飛鳥新社はこのヒットで躍進して新聞まで出すことになります。ま、すぐに潰れましたが。
 それほど凄まじく売れた理由は「サザエさん」を素材にした本を「このタイミングで出した」からでしょう。

 どうしても時代の空気の説明が必要なのでそこから始めるけど、1992年の時点で「サザエさん」はすでに「触れちゃいけない」存在だったのです。
 テレビアニメ版「サザエさん」は今でこそ10%台前半、週によっては10%を割ることもあるそうですが、この頃はまだ30%近い視聴率を誇っていました。つまりまだまだ不動の国民的アニメだったわけで。
 しかし、作者の長谷川町子が、いやすでに逝去されて数年経ってたので正確には遺族(姉妹社→長谷川町子美術館)ですが、とにかく著作権にかんして異様なほどうるさい、ということは「磯野家の謎」の前からそれなりに知れ渡っていたんです。
 例えば「サザエさんバス事件」(立川のバス会社が無断でサザエさんのキャラクターを使い、多額の賠償命令が出た裁判)や、のちに都市伝説にまでなった「サザエさんの最終回」の元ネタ(これは「磯野家の謎」によると、しりあがり寿の作だったらしい)がモンダイになった、みたいなことは、もうどこで知ったのか記憶はないけど、少なくともアタシはすでに知ってました。
 アタシも友人たちとサザエさんを元ネタにしたジョークを言い合ったクチだけど、決まって「でもサザエさんネタは表には出せないよね」という空気で終わってたし。

 とにかく「サザエさん」は実に不思議なポジションにいたんです。
 誇張ではなくマジで日本国民なら誰でも知ってるし、別に悪感情っつーかアンチがいるわけでもない。
 昨今「アンパンマン」などの幼児向け作品を、マニアの域を超えて骨の髄までしゃぶる「アンパンマンガチ勢」とか「しまじろうガチ勢」みたいなのがネットで話題になるけど、当時「サザエさん」ガチ勢がいなかったとは言わないものの、大々的にサザエさんを語ることは憚られる、もちろん茶化したりパロディはご法度、みたいな、極端に言えば皇室のような扱いをするしかなかったんです。
 そんな空気があったからこそ「磯野家の謎」は新鮮な驚きをもって迎えられた。しかも時に視聴率30%を記録するテレビアニメ版ではなく原作に絞ってキャラクターの分析を試みる、という着眼点も良かった。
 ま、多少下卑なのも大衆に受け入れられる要因になったとは思うけどね。

 「磯野家の謎」の功罪の<功>を挙げるとするなら、今一度原作に目を向けさせたことでしょう。
 あまりにもテレビアニメ版が浸透しすぎて、もうこの頃には原作を読む人も少なくなっていた。姉妹社刊の単行本はまだ発行されていたけど、連載終了から20年経ち、メジャーな存在ではなかったんです。
 しかし、単純な面白さで言えば、テレビアニメ版よりも原作の方が圧倒的に勝る。ギャグアニメというよりはホームドラマのアニメ版といった様相を呈していたテレビアニメ版に比べて、原作の方は文句なしにギャグのキレも鋭く、一般新聞紙に連載されていたとは思えないほど、ブラックでエスプリの効いたギャグもずいぶん入っているんですね。

 原作の面白さはとにかくカツオに尽きます。カツオというキャラクターがいたからこそ「面白いギャグ漫画になった」と言っても過言ではない。
 ご承知の人もいっぱいいるでしょうが、原作のカツオとテレビアニメ版のカツオはまるでキャラクターが違います。
 ま、そんなことを言えば、波平とフネとワカメも相当違う。
 波平はテレビアニメ版のような、如何にも昭和の頑固親父じゃなくて、どっちかっていうと相当トボけたキャラクターだし、反面フネはかなり気が強い、というかオッチョコチョイで気性が荒い。ま、サザエさんがトシを取ったみたいなキャラです。
 テレビアニメ版が放送される前に東宝で実写映画版が作られましたが、波平役(当時は原作でも名前が決まってなかったのでこの役名ではないけど)は藤原釜足、フネ役は清川虹子で、こっちの方がかなり原作に近いんです。
 とくに藤原釜足にかんしては、戦前期によくやっていた二・七枚目くらいの喜劇的演技を見せているのが嬉しい。ちょうど「只野凡児」がそのままトシを取った感じなんですよね。って誰がわかるのかって話だけど。

 ま、それはいい。
 もっとも変わり身が大きいのはワカメです。
 原作のワカメは<天然>を絵に描いたような子で、学校の勉強は出来ないが純真無垢で子供らしい発想が大人たちを和ませる、という役回りでした。
 ところがテレビアニメ版はこのキャラクターを大幅に変更して、優等生にしてしまった。んで純真無垢なキャラクターは原作で影が薄かったタラオやイクラに割り振られたわけです。
 しかしワカメを優等生にしてしまってはカツオのやることがなくなるのですよ。
 カツオは原作でもけして勉強が出来る方ではないものの、聡明すぎるくらい聡明なキャラクターだった。テレビアニメ版ではサザエや波平に叱られる役割だけど、原作だと逆にやり込めてしまうんだから。

 こうした「家族の中で一番の知恵者が小学生」という設定こそが笑いを誘発するための最大の装置であり、いわば「サザエさん」という作品の根幹だったのです。
 テレビアニメ版が何故、ここまでパワーバランスを崩してしまったのか、今となっては定かではありません。推測はいくらでも出来るけど確証は何もない。
 ごく初期のテレビアニメ版は原作に沿ったキャラクターになっていたのですが、それが(おそらくは放送開始から一年も経たないうちに)今の設定に落ち着いたわけでね。

 だけれども完全に原作の要素を消し去ったわけではありません。とくに挿入歌にはかなりの<揺らぎ>が見て取れます。
 今はカットされていますが、エンディングテーマの「サザエさん一家」は途中でセリフが挿入されており、そこには「徹底的に気の弱い」マスオと「カカア天下」のサザエ、という図式がそのまま採用されています。
 ま、これはアニメ自体が原作に沿っていた頃なので除外するとしても、面白いのが「レッツゴーサザエさん」と「カツオくん」です。設定変更後だと思われる時期にリリースしたにもかかわらず、相当に原作のニオイが濃厚なんですよ。

 「レッツゴーサザエさん」、「カツオくん」ともに作詞は北山修です。精神科医の、というより「元フォーククルセダーズの」と言った方がわかりやすいか。そうでもないかね。
 北山修はあきらかに原作を念頭に置いて詞を書いている。もしかしたらテレビアニメ版は一切見ていない、原作しか知らない、という感じだったんじゃないかとさえ思わせます。
 作曲はどちらも、もちろん筒美京平ですが「カツオくん」は何を思ったのか、なかばブルース調にしてあるのが面白い。
 「パ◯リの大家」など悪く言われることが多い筒美京平だけど、これはすごいですよ。「サザエさん」というアニメの挿入歌で、しかも北山修の歌詞で、ブルース調で行く、という決断が尋常ではない。しかし「カツオの心境」ということを考えるならブルースしかあり得ないとさえ思うし。

 「カツオくん」で、北山修によって描かれたカツオの姿は完全に原作に準拠しており、才気が走りすぎて虚無的になる、また子供である自分に簡単にやり込められるサザエや波平を見て、現実逃避からか異様にナルシストでロマンチストなカツオが見事に描かれているのです。
 「レッツゴーサザエさん」の方も、天上天下唯我独尊、は言い過ぎにしても、直情的で周りが見えずに一直線に突っ走るサザエさんがちゃんと描かれている。
 そして何より面白いのが、「カツオくん」は2代目カツオ声優だった(このレコードが発売されていた頃にカツオの声をアテていた)高橋和枝が、「レッツゴーサザエさん」は加藤みどりが歌を吹き込んでいるんです。
 キャラクター設定は原作準拠で、歌っているのがテレビアニメ版の声優っていうね、フシギな<原作アニメ折衷>感があるんですよ。

 アニメのスタッフもね、テレビアニメ版が原作からかなりかけ離れたものである、という意識は持ってるはずです。原作がまんま使えることなど相当珍しいんだから意識せざるを得ないと思うし。
 だからこそ、原作色を出したい場合には<原作アニメ折衷>感のある「レッツゴーサザエさん」のインストゥルメンタル盤を使うのが定番になっているんじゃないかと。
 2010年12月26日に「サザエさん」枠内で放送された「サザエさんうちあけ話」(漫画エッセイのはしりとも言える漫画「サザエさん」の誕生秘話)でもブリッジで「レッツゴーサザエさん」が使われていましたしね。

 しかし残念ながら、もはや「カツオくん」の方は、インストゥルメンタルであっても使われることはほとんどありません。
 最近のテレビアニメ版はタラオや堀川くん(アニメオリジナルキャラクター)で話題になることが多いけど、もうここまで来たんだからさ、たまにはもうちょっと<原作アニメ折衷>の作風でやってもいいんじゃないの?
 もっと「レッツゴーサザエさん」を全面に押し出して、「カツオくん」も挿入歌として使う。もちろんカツオのキャラクターも原作準拠にする、みたいな。
 それが良い違和感になるんじゃないかなぁと思ったり。

長いYabuniraの歴史の中で唯一「サザエさん」について触れたエントリが元でした。ま、2020年になって一回だけサザエさんのことを書いたけど。
自分でもサザエさんネタって珍しいな、と思ったので、原文はそれほどじゃなかったけどあえて入れてみました。




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