ブルドッグとソフトリーゼントとあいつ
FirstUPDATE2008.9.14
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思えば、数限りなく、いろんなバイトをした経験があります。

まぁそんなことは何の自慢にもならない。大学を出たのがちょうどバブルがはじけた頃で、周りからはあと一年早かったらいくらでも就職できたのに、といわれた。どうせ就職できたとして、今もその会社に勤めている、ということはアタシの性格からしてありえないと思うから、ま、どうでもいいっつーか。
就職しないんだったらバイトするしかない。ということで、いろんなバイトに手を出した。
そんな中で、もっとも悪い、というか酷いバイト先はと聞かれると、ひとつしか浮かばない。というような話をしてみようと思います。

バイト雑誌で見た時から、その会社は怪しい臭いがただよっていました。それでも面接を受けにいったのは、単純に日給に惹かれたからに他なりません。
無事面接をパスして、出社当日となった。社員はバイトの自分を含めて三人。そして社長。
業務内容はというと、床下換気扇のセールスと取り付け。まぁ鋭い人なら、これを聞いただけで、おいおい大丈夫か、と思っていただけるんじゃないか。

社長はトッチャン坊やそのもの、ケンちゃんシリーズの宮脇康之のような風貌の男で、メシといえばセブンイレブンの赤飯おにぎりを山ほど買ってきて食らっていたのをはっきりと憶えている。
社員のふたりは、ひとりはブルドッグのような50すぎのオッサン。もうひとりがソフトリーゼントっぽいヘアスタイルの若い男。
社員であるブルドッグとソフトリーゼントは善人ではあったのですが、とにかくふたりとも、いや社長を含めて、まっとうな人生を送ってきたタイプではない、それは初日で充分わかった。

仕事は軽のバンに四人が乗り込み、地区を決めて、現地につくとバラバラになってセールスを始める。
もちろんレクチャーは受けてはいたけど、こんなもの、売れるとは到底思わなかった。セールストークはさんざん聞かされたけど、床下換気扇の有用性は今もってよくわからない。
こんなんだから売れるわけないし、しかも入社後に聞かされたのですが、どうも完全歩合制という。
バイトにたいして完全歩合制なんて聞いたことがない。社員の男たちは「素人がそんなに簡単に売れない。早くて一ヶ月後じゃないか」とかいってる。
とにかく面接の時と話が全然違う。ずっと後年になって、仕事の都合で労働基準法その他もろもろを勉強させられたのですが、今考えれば、これは完全にアウトです。
でも、当時のアタシは、暢気というか、まぁいいや、一週間ぐらいはやってみようや、と気楽に考えていた。本当、馬鹿にも程があるぞ、当時のアタシよ。

案の定、まったく売れないまま一週間が経とうとしていていました。
その日はたまたま社長が同行せず、社員の男ふたりとセールスに出かけたのですが、どうもブルドッグもソフトリーゼントも、社長がいないこともあってやる気がないらしく、昼の二時には切り上げようや、という話になった。
とはいえ会社に帰るわけにはいかない。するとソフトリーゼントが、あいつの家に行こう、この近くなんだ、といいだしたのです。

「あいつ」とは社員のことでした。つまりはブルドッグとソフトリーゼントと、実はもうひとり社員がいた、という。とはいえアタシがバイトに入ってから一度も出社していない。
聞けば「あいつ」は麻雀好きが高じて、多額の借金を背負っているらしい。それも利子だけで一日数万円になるという。いったいいくら借りたら、いやどこで借りたらそんな利子の額になるのか。

「あいつ」の家は小綺麗なアパートで、愛想の良い奥さんが気分よく迎えてくれた。
そして肝心の「あいつ」は、テレビの画面に向かっている。時代的にはプレステの時代だったんだけど、スーパーファミコンのコントローラーを握りしめて、麻雀ゲームにいそしんでいたのです。
アタシを除く人たちは、信じられないぐらい<なごやか>に談笑している。「あいつ」も時々その輪に加わり冗談をいったりしている。
窓からは柔らかい陽射しが入り、まるで桃源郷の如き光景だ。

何なんだこれは・・・。

何故「あいつ」は笑いながら麻雀ゲームをやっていられるのか、何故奥さんは毎日数万もの利子を払わなきゃいけないのに芯から楽天的そうな顔ができるのか、何故ブルドッグもソフトリーゼントも、この状況を当たり前のように受け入れているのか。

狂っている。終末的でさえある。この光景を極限の退廃といわずして何といえばいいのか・・・。

帰社する道すがら、自分は社員ふたりに、今日限り辞めます。社長には適当にいっておいてください、と放り投げた。こんな会社、儀礼をつくすまでもない。
一週間働いて、何も売れなかったんだから、当然給料はなし。だから働いたといえるかどうかも怪しい。まるっきり時間を損した、といえなくもない。

しかし今になってみると、損したかどうか微妙なわけで、だってさ、こんな普通では見られない光景を見られたわけだから。

これも小説のネタに出来そうだな。いや小説にはしなくとも、もうちょっとディテールをしっかり描写して長文にしようかな、と思ったことはあるんですよ。
ま、こうやってScribbleに残すってことは、現時点でそんな気は一切ない、という話で。




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