平成の歌謡曲・出口なき迷走
FirstUPDATE2005.3.25
@Scribble #Scribble2005 #音楽 #1990年代 #物理メディア ハートのエースが出てこない 小室哲哉 単ページ

神戸電鉄の菊水山駅が今日で廃止になったようです。都心部の私鉄ではめずらしい無人駅で、普通電車ですらほとんで通過してしまうような駅だったんですけど、高校時代毎日通過してただけに、なんとなく感慨深いものがあるのです。

さてこの間、幻となった球団名を冠にした<ライブドア・フェニックス>の「ハートのエースが出てこない」を聴きましたが、うーん、全然駄目。駄目なんてそこいらの小学生でもいえるような否定の仕方ですが、なにが駄目といっても、方向性がまるでみえない。いったい何の狙いがあって「ハートのエースが出てこない」をカバーしたんだというね。まるでテキトーにサンプラーとシーケンスソフトを使ってたらできちゃった程度ですよ。
そういえばちょっと前(といっても10年程になるのか)に、チエコ・ビューティーも「ハートのエースが出てこない」をカバーしてたけど、あれの方がまだ狙いがわかりやすかった。つまりラガ歌謡(現注・ラガ=レゲエ)にしようというね。ライブドア・フェニックスにはそういうのが全然ないんですよ。あれならまだ「ハートのエースが出てこない音頭」とかにした方がまだよかったんじゃないでしょうか。

話は変わるようですが、パソコンが仕事で使用できるようになってからというもの、すべてのこと、テレビにしてもデザインにしても音楽にしても、専門知識をさほど持ってなくても誰でもつくれるようになってしまった。それは別に悪いことじゃない。けど悪用する風潮もどんどんでてきて。
テレビのバラエティなんか一番わかりやすいですよ。VTRの編集が異様なぐらい簡単になってしまったから、「あとでうまくつないで、テロップで補ってくれるだろ」みたいなレベルの芸人でもオッケーになってしまいましたよね。(まったくの余談ですが、DTP業界でも印刷知識の皆無な人が増えて閉口してます)

音楽もそうですよ。昔なら、まず楽譜をかけなければ、いや楽譜じゃなくてフルスコアね。それが書けなければトラックをつくることなんてできなかった。しかも当然各楽器をすべて把握してなければできない。
ところが今は違うじゃないですか。ホントにね、簡単につくれちゃうんですよ。楽譜なんて書けないどころか一切読めなくても大丈夫だし、和音すらわかってなくても(全然音楽に詳しくない人ならごまかせる程度のものを)つくることができる。だからライブドア・フェニックスみたいなのがでてくるんです。

となると、ここでどうしても出さなければいけない名前がでてきます。
そう、あの小室哲哉です。
アタシはビーイング系の人にはかなり否定的なんだけど、小室哲哉のことはそれなりに認めている。ベタだけどそれなりにいい仕事をしていたと思うから。完全に過去形ですが。
小室哲哉といえば、全盛時に音楽にくわしい友人が「悪くはないと思うけど、なんであんなベースが細いんだろう」といってたのを思い出します。

そうなんですよ。たしかに小室サウンドはベースが細い。アナログシンセなんかを使えば、ぶっとくて、しかもそれっぽいベース音をつくることは全然可能なんです。そんなことを小室哲哉が知らなかったとは思えない。
てことは、どう考えても<あえて>ですよね。ベースを太くすると大衆性が損なわれる、と考えていたんじゃないでしょうか。つまりそれじゃ売れないと。
ただしベースを細くする代わり、音圧は異様に高いんですよ。レベルもクリッピングが発生するギリギリまで上げている。こうすることによってベースが細くても音に迫力をだしているんですね。

それまで<手軽で音がクリア、だけど深みや空間のない>という、あくまでレコードの代用品でしかなかったCDの特性を極限まで引き出したのが小室サウンドの正体だともいえます。異様な音圧の高さもCDというメディアがあってこそ成立したものだと思うし。これは一種の発明です。
小室哲哉の発明はこれだけじゃない。よく「あれってホントは小室はつくってなかったんでしょ?」なんていう人がいますが、アタシはそんなことはどうでもいい。実際どこまで小室が手を下していたのかはわかりませんが、あの大量生産のシステムを作り出したのは間違いなく小室哲哉なんだから。
アタシはこの事実を『歌謡曲産業革命』と勝手に名付けます。

さてさて、さすがにこれだけの功績を残すと、どうしても悪作用みたいなものもでてくるわけでして、コンセプトも何もなく、大量生産のための効率アップでもないのに、小室の手法を真似してお手軽にCDをつくる人がでてきてしまいました。音楽をつくるのではなく、CDをつくるだけ、みたいなね。
いい加減飽きられているんだけど、お手軽だからやめられない。これって、さきのお手軽バラエティとおんなじですよ。
でも、いくらなんでもクリエイティブな要素がなさすぎるんですよね。そんなもんは商品寿命がきわめて短いわけで、結局は作り手も余計な手間がかかると思うのですが。

ちゃんとつくっていれば、商品寿命は長いはずなんです。それは映画も音楽もテレビもそう。でも音楽に関してはどんどんそんな作品が減ってますね。ちゃんとつくってある作品も、売れている作品もあるけど、<商品寿命の長い>作品は減っている。それを「そういう時代だから」で片づけてしまうのが一番マズいことなんですけどねぇ。

小室サウンドってちょうどいいリトマス試験紙だったんですよ。
中途半端に音楽に詳しいと自負してる輩こそ小室サウンドを馬鹿にしまくるんだけど、さらに進んだ人は「じゃあ、何であんなウケるの?」ということを突き詰めると意外と面白いことをしてるってのがわかってるというか。
それはともかく「令和の歌謡曲」って成り立っていくのかね。米津玄師とかbacknumberなんかはカテゴリとしては歌謡曲のような気がするけど。




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